おばけたまにっき

たまに更新されるDJ Obakeのブログ。

「山を登ろう、その1」の巻

 

祖父はとても山登りが好きな人だった。

と言っても、一緒に登ったことはない。だから山を登る彼の姿を、直接に知ってはいない。晩年は腰を悪くしていたので、彼の姿を見たのは介護用ベッドの上ばかりだったように思う。

寡黙で頑固で、根が優しかった祖父は、人付き合いが上手くはなかったらしい。職もあまり安定せず、家計は学校教師をしていた祖母の方が支えたようだ。子供は娘が二人。

山では、誰もが孤独だ。だから寂しくなることはない。それをぼくは経験上知っている。だから祖父が山を愛したのも、よくわかるつもりだ。あるいは、宮城の出身で、若くに関東に出てきたのだから、故郷を想う気持ちもあったのかもしれない。

 

その「娘二人」である、母と叔母は、子供の頃からよく山に連れられたそうである。今現在もチャキチャキの都会っ子気質の叔母はどうだったか知らないが、おそらく祖父に似て、あまり世間に関わることに興味のなかった母は、とても山が好きになった。

大勢の輪に加わるよりも、ひとり我が道を行きたい気質の持ち主には、山はとてもよく馴染むのだ。

 

父は陸上競技が好きで、大学ではマラソンだか長距離ランナーをしていたらしい。母に会い、山を登るようになった。祖父とも気が合い、共によく山登りをしたそうだ。

今では、母も膝を痛め、山を登ることはしない。父も、同年代の仕事の仲間やお客さんと行っていた時期もあったが、ぼくの妹が子供を産んでからはすっかり好々爺と成り果て、孫の面倒ばかり見て山は遠のいていると聞く。

 

さて前置きが長くなったけど、そんなわけで、ぼくは割と自然に山を好きになったんである。と言っても、あいにく運動神経はお粗末だし体力にも自信がないので、めっちゃ本格的で高度のあるナントカ岳みたいのにチャレンジしたことはない。熱心に毎週、あっちこっちの山を練り歩いてもいない。まあ、せいぜい趣味のハイキング程度、とでも申しておきましょう。実際、登山に関してはほとんど素人同然である。

 

という自分も、ずいぶん山には行ってなくて、最後はたしか2011年の初春、登山初心者の女の子と、初級編ということで金時山を歩いた・・・のだったと思う。

当時、世間では俄かに登山ブームが到来し、かっこいいウェアーやらグッズを装着した人がたくさんいたのを覚えている。というか山ガール見習いの、一緒に登った子がまさにそれであった。翻ってぼくはというと、祖父からの伝統である「汚れてもいいボロ同然を着るべし」という教えに従い、かなり見すぼらしかったのではないかと思う。今思えば同行者に申し訳ないことをした。

そして、山といえばとにかく、退職して暇を持て余している悠々自適に過ごしておられる初老の方々である。初老というか、なんならまったくの老人もいる。しかし彼ら彼女らこそ、山の主であるので、侮ってはいけない。湯気を出しへたれて休憩している我々の横をひょいひょい追い越しながら、「若いのにだらしないのねえ、私たちなんか朝5時から登ってて、この山は二つ目なのよぉ」と、涼しげに笑うその様は真に健康なる妖怪である。

 

あれから5年経ったが、山の風景は変わったろうか。ブームもいくらか冷め、カッコ良くて高性能で高価なアイテムのマーケッティング対象者でありターゲットユーザーである諸氏らはいくぶん減ったろうか(別に根に持っているわけではない、アリノママを言っているだけ)。きっと年配方はいまでも、いくらでもたくさんいるだろう。

動的平衡という、やはり一時流行ったコトバもあるけれど、そう、山は常に変化しながらも、総体としては山であり続ける。だからいま登りに行っても、山はやはり山の、他では決して見ることのできないあの景色を湛えているに違いない。

そう確信するたびに、少し恋しく思う。